_ 夜の思い出 2005-05-20
愚弟がまだ幼稚園の頃。
(多分私は、小学校にあがったばかりぐらい)
夜中に目が覚めた。
それはこども心に夜中だったのであって、本当は22時ぐらいだったのだろうと今は思う。
とにかく、目が覚めた。原因は、弟。
「どうしたの?」
「おかーさんがいないの」
狭い我が家だ。こどもの足で探し回ったって、さして時間は取られない。すぐに彼のいう事が本当である事が分かった。
ものすごい動揺。
弟が生まれてからというもの、母の口癖は「親がいなくなっても姉弟で仲良く生きていきなさい」だった。
毎日「今日はお母さんは生きているだろうか」と思って過ごしていたこどもの頃の私にとって、こんなに衝撃的な事はなかった。
血の気が引く。
でも、自分より幼い弟を不安がらせるわけにはいかない。だって、私はお姉ちゃんなのだ。
「何で起きたの?」
「喉が渇いた。お茶が飲みたい」
当時の我が家は、お茶葉で熱いお茶を入れるのが普通だった。
入れられるだろうか。入れたことない。
今思えば、難しくも何ともないことだけれど、本当に出来るかな、と思った。
でも見よう見まねで、お茶の葉をいれ、ポットからお湯を注ぎ、それを更に冷まして弟に与えた。
時間は分からない。でも夜中。お父さんはまだ帰ってきていない。
お母さんはどうなっただろう。
弟は、お茶を飲んだら満足したようだった。また、眠たげな顔になる。
「寝ようか」
声を掛けたら、頷いた。ホッとした。
なんでもない顔をして、ベッドに入った。ここで私が慌てたら、弟が不安がって泣き出す。そうするとどうにもならないような気がした。
お母さんは死んじゃったからいないのだろうか。
そう思いながら、布団の中で声を押し殺して泣いた。こんなに怖い夜はないと思った。
そして眠った。
朝、起きたら母はいた。
急須の様子を見て、どうしたの?と問われた。
「おかーさんがいなかったから、入れたの」
友達の家にちょっと用事が出て出かけていたのだと言った。実際にその日に友達が母が来ていた事を教えてくれた。
きっと、今までも私たちが寝静まった後(それは20時前だから)そういった、ちょっとした用事やちょっとしたお茶の時間が何度かあったのだろう。私が気付かなかっただけで。
それ以来、夜は眠れなくなった。ジッと息を押し殺して、母が動く音がしたら、何度もトイレの振りして起きたりした。
夜は遅くまで起きて、朝起きてから眠った事を後悔して、朝早くに飛び起きるようになった。
もう、知らないうちにどこかに行かれたりするのは嫌だった。
母はとっぷりと時間をかけて、私にそういった事を教え込んだ。いつかいなくなる大切な人たちの事。必ず戻ってくるかは分からない大切な人たち。
本当に、毎日親が生きている事が奇跡のように思っていた。学校から帰る道のりが一番怖かった。
誰かを失うなら、自分を失った方がマシだと、学校の帰り道に何度も思った。まだ、10歳にも満たないこどもが。
生きると死ぬ。その事ばかり考えた。これには、何の脚色もない。
だからこそ、まだ、親が神様だった時代に、神様から教え込まれたこの考えと私はどう付き合ったらいいのか、30歳を目前にした今でも悩む。
だから、夜は嫌いだ。
特に一人の夜は大嫌い。誰かを待って過ごす、一人の夜なんて最悪。
大切な人が指の間から零れ落ちていくような錯覚に陥る。学校の帰り道を思い出す。
そして、自分が泣いていたあの時間に、母が笑っていたかと思うと、今は少し痛い気分だ。
もちろん、そういう時間の必要性があると理性が分かっていても。
だから、夜は嫌い。
by ミズキ