日記にかえて~その八~ 2002-03-18 - へびあし。


_ 日記にかえて~その八~ 2002-03-18

『鍵』 茨木のり子

一つの鍵が 手に入ると

たちまち扉はひらかれる

硬く閉ざされた内部の隅々まで

明暗くっきりと見渡せて

人の性格も

謎めいた行動も

物と物との関係も

複雑にからまりあった事件も

なぜ なにゆえ かく在ったか

どうなろうとしていたか

どうなろうとしているか

あっけないほど すとん と胸に落ちる

ちっぽけだが

それなくしてはひらかない黄金の鍵

人がそれを見つけ出し

きれいに解明してみせてくれたとき

ああ と呻く

私も行ったのだその鍵のありかの近くまで

もっと落ちついて ゆっくり佇んでいたら

探し出せたにちがいない

鍵にすれば

出会いを求めて

身をよじっていたのかもしれないのに

木の枝に無造作にぶらさがり

土の奥深くで燐光を発し

虫くいの文献 聞き流した語尾に内包され

海の底で腐蝕せず

渡り鳥の指標になってきらめき

東になって空中を ちゃりりんと飛んでいたり

生きいそぎ 死にいそぐひとびとの群れ

見る人がいたら

この世はまだ

あまたの鍵のひびきあい

ふかぶかとした息づかいで

燦然と輝いてみえるだろう