一周忌 2005-02-19 - へびあし。


_ 一周忌 2005-02-19

母方の祖父の一周忌。

おじいちゃんにQちゃんを紹介する。

直接、会わせる事が出来なくて、ごめんね。

生きていたら、なんてつまらない文句だけれど、生きていたらどんな顔で結婚の話を聞いてくれただろうか。

とても、悲しい。

小さい頃の私の遊び相手をしてくれたのはおじいちゃんだった。

たくさんの話をした。

幼稚園から母の実家に帰る事も多かった。

絵を描けば、絵描きになりたかった話をしてくれた。

戦争の時は、飛行機を作っていたと言っていた。

人を殺すための飛行機を作るより、絵を描く方が似合っていると思った。

戦争が終っても絵描きにはならなかった。なれなかったのかもしれない。

建具屋になった。

だから、母の実家には、仕事場があった。

いつだって樹の匂いがして、伝動ののこぎりの音が響いていた。

身内の仕事だから評価は出来ないけれど、おじいちゃんは大人しくて丁寧な柔らかい物腰の人だったので、きっとそういう仕事をしただろう。

人形遊びのためのおうちを作ってもらった事もあった。既製品よりもずっと立派で、かっこよかった。

私がピアノを弾く為に座っている椅子が高すぎるので、足置きを作ってくれたのもおじいちゃん。

うちにいた柴犬の小屋を作ってくれたのも、家の門を作ってくれたのもおじいちゃんだった。

今両親が住んでいる家を探す時も、父はおじいちゃんを連れて回ったようだった。父は祖父の技術を評価していたのだと思う。

入院してからはそれまでよりも会う頻度は低くなった。

でも、行き詰った時は、こっそり一人で会いに行った。

何も話さなかった。それでもわかってくれたのだろう。

いつだって、大切な一言を私にくれた。

どんなに愛されていてもそれは本当だろうか、と不安に感じる事がある。

誰に対してでさえ。不変なものはこの世には少ない。

でも、私はおじいちゃんにだけはそれを思わなかった。いないから言うのではなく。

この人は本当に私を愛してくれたし、私にその事を十分過ぎるほど教えてくれた。

いつだって、ぎりぎりにいた私をその事実が支えていたのだ。今も。

私の根底にいつだって、その事がある。

この人がいなければ、私はもっとひどい人間になっていた。

感謝なんて言葉では言い表せない。

思い出と寄り添って、過ごした。