_ 結婚式の電報 2002-10-18
『とってもめでたい。
ばりめでたい。
めでたいから、デンポーしちゃう。
幸せも体重も増加中の○○君。
ご結婚おめでとう。
○○さん、返品不可なので、よろしくね。』
我ながら、どうかな、と思う。
いや、もう送っちゃったけど。
by ミズキ
サイト名通り、「蛇足」な日々を書き綴ります。
まぁ、ボチボチ、まったりと。
携帯版は、こちら。
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『とってもめでたい。
ばりめでたい。
めでたいから、デンポーしちゃう。
幸せも体重も増加中の○○君。
ご結婚おめでとう。
○○さん、返品不可なので、よろしくね。』
我ながら、どうかな、と思う。
いや、もう送っちゃったけど。
by ミズキ
私は、九州で一番エライ人と一緒の日に掃除当番です。
本日、三分遅刻したら、掃除は終わってました。
とんでもない新人です、私は。
by ミズキ
「お嫁においでよ」
ちょっと酔った顔をして、その人はそう言った。
私はその時、20歳そこそこの大学生だった。
「ちょこちょこと動いて世話をしてくれるし、料理も好きだから、うちにお嫁においでよ」
お酒を飲んだ後に三人で夜のドライブをしている時だった。
都市高速が見える、景色のいい場所を走り抜けている時にその人はそう言った。
今でもどの辺を走っている時だったかを言えると思う。
後になって、その人との会話を思い出して、人ってどうしてこうもさして重要でないことを聡明に覚えているのだろうかと妙に切なくなった。
とても豪快で、ちゃんとずるくって、正直な人だった。
私は当時、とても生意気な20歳だったけど、そんな私を笑って「妹」にしてくれていた。
その人は、私の「ねーちゃん」だった。
あの日、どういう流れで一緒にいたかは、もう忘れてしまった。
ただお酒が入って、ねーちゃんはいつもに増して陽気で、私に「嫁にこい」と言ったのだ。
他愛もない会話の断片。
とても大切な時間を一緒に過ごしてきたのに、思い出すのはいつも飲んだくれたこの時のセリフだ。
一緒に悔し涙を流した時でもなく、一緒にクタクタになるまで笑った時でもない、飲んだくれたこの思い出だ。
「もっといい時を思い出しなよ」
渋い顔でねーちゃんは思っていることだろう。
今朝、電車の中から流れる景色を見ながら、冒頭のねーちゃんの声が聞こえた。
こうして文章にして公開してしまう事にとても迷ったけれど、いいんじゃないかな、と思った。
感傷的な気持ちもあったし、残しておきたい気持ちもあったし、見てもらいたい人もいた。
だから、いいんじゃないかと思った。
「二度と得ることの出来ない思い出は脚色され美しさを増していく」という人もいるだろう。
でもいつも思う。
「二度と会いたくない」と「二度と会えない」では、大きく意味が違うと。
どちらがいいとも悪いとも私には言えない。
ただ、もうあの時のねーちゃんの歳を私は追い越してしまった。
そして、ねーちゃんの時は止まったままであり、私はもうねーちゃんに「二度と会うことが出来ない」のが事実であるという現実が、あの時から目の前に横たわっている。
by ミズキ
実は今月に入り、語学の勉強をしている。
私を良く知る人なら、この時点で驚いてもらえると思う。
なにせ私は、大学受験の折にわざわざ入試に英語のない大学を選び、やっとこさもぐり込んだ大学では、第一外国語である英語も第二外国語である中国語も人様より多く勉強したという経歴を持つ。
「語学」という奴が、肌に合わない。
その私が語学の勉強というのだから、タヌキの腹で茶が沸くよりも驚くべき事体であると言える。
そこに至るまでは、簡単に話せない精神的葛藤やら、様々筆舌し難い経緯があるわけだが、簡単に言えば「口は災いの元」と言ったところであろうか。
とある縁あって、外国の方と知り合う機会があった。
その方が(私の英語能力と比較して)日本語の話せる方だったので、私はずっと(むしろ頑なに)日本語で話し掛けていた。
まぁ、それで何とかなっていた。
ただ、相手もそれで気を良くしたのか「日本語は簡単だ」と私の前で堂々と宣言しやがったのだ。
気が付けば、私はかの人を指差し「次に会う時は、お前の国に行って、お前の国の言葉で話してやる!首を洗って待っておけ」と宣言をしてしまっていた。
指差しはいけなかったと深く反省しているが(どうも手話では指差しは普通に多用されるので、たまにそれが出てしまっていけないと思う。悪気はないのだが)仮にも一応大学なる場所に好き好んで4年も通い(しかも片道2時間30分かけて)日本語について勉強してきた私に、しかも未だにその日本語に振り回されている私に「何てこと言ってんだよ、お前!!」って感じであったわけだ。
確かに冷静に見れば、かの人は巧みに外国語であるところの「日本語」を操っていたし、そこに至るまでの努力と言うのはあったと思う。
でも、それは「冷静に見れば」ってことで、気が付けば啖呵を切っていた私には何の意味もなさない。
かくして、私は毎朝N○Kラジオを聞き、ラジオにあわせて一人部屋で発音を復唱すると言う、人様には見せられない日々を送ることになったわけである。
毎日やりだして、その大変さは身にしみて痛感しているわけであるが、でも「今にみてろよ」の気分で私は今日も部屋で一人で発音練習に励む。
次に会うまでに可能な限り身に付けて、かの人の母国語で「ざまーみろ」って言えれば最高だなぁと夢を見る今日この頃である。
by ミズキ
友達と買い物に行くのに、駅で切符を買おうと並んでいました。
次が私の番と言う時に、横からすっと「オバハン」が入ってきました。
思わず。
思わず、
「うわっ、並んでるのに、それはしきらんよね~。信じられん」
と、聞こえるように言っちゃってました。
そしたらオバハン、ビックッとして、一番後ろに並びました。
いや~、本当に言っちゃうつもりはなかったんですけど、「思わず」って恐いですよね。
アハハハハハ。
by ミズキ