へびあし。

サイト名通り、「蛇足」な日々を書き綴ります。
まぁ、ボチボチ、まったりと。
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_ 二日目 2008-10-13

昼間、ずっとパンツ生活を始めてみました。
今日は二日目。
とりあえずは、何とかクリア。
それでも、母に習って私も着替えと雑巾を持ち歩いてます。
(買い物カート汚したりしたらいけないから、雑巾も)
慣れて油断した時が危ないな。娘も私も。
夜は、まだまだ、様子見です。
洗濯物が乾きにくくなるので、無理せず、無理せず。

昨日は、ショッピングモールで仮面ライダーショー。
ストーリーが難しすぎます。
記念撮影は、娘は拒否。
甥っ子も駄目でした。まだまだ、こどもだよなーって感じ。

添付ファイル: 962335745_62.jpg  

by ミズキ

_ トイレトレ 2008-10-10

娘のトイレトレ、結構何とかなるようになってきました。

最近は、外出時はオムツをはかせますが、一度もぬらさないまま帰宅しています。
家ではずっとパンツ。
こちらも、失敗しないまま、もう随分経ちます。
こうなってくると、失敗した時にものすごく怒ってしまいそうで怖いです。
大丈夫だろうか、私。

といっても、自主的に毎回申告してくれるのではなく、適当な時間でトイレに誘っているのですが。
申告してくれる時もあるので、まぁ、いいかって感じ。
大きい方は、こちらは大体自己申告。
これは、ものすごく助かってます。パンツにやられると痛手ですから。

しかし、どのタイミングから外もパンツにしようかなぁと思案中。
慌てると、娘も私も負担なので、手探りですねぇ。

そして、こういったものって(当たり前だけど)全て私一人の仕事。
お陰で、出来た時の感動も達成感も全部私と娘の二人っきりのものだと喜ぶべきなのでしょうか。そうそう。初めてのおしっこの涙が出るほどの感動は、私一人のものでしたからね。
家にいないものには、仕方ないことです。二年も経つと、人間って色んなことに慣れます。


_ 散財〜 2008-10-09

オットの実家に行くので、(私にしては)少々散財しました。
シャツ二枚と帽子を買っただけだけど。

普段は、自分の服を見るよりも娘の服を見る方が面白くって、自分は着たきりスズメです。
だって、子供服って値段は大人と一緒だもん〜。
やっと、ちゃんとしたものも着れるようになってきた娘を着せる方が、くだびれた自分を着飾って無理するよりは楽しいのです。
この貴重な二枚をまた大事に着るんでしょうね、私あせあせ

先日は、出先で母が具合を悪くして、病院に駆け込むということがありました。
痛みに強い母が、病院では車椅子に乗せられ、点滴を受ける姿は胸が痛みました。
私でもつらい、しんどい子育てをあの歳でしている母は、自覚している以上に心と体に負担がかかっているようです。
だから、やっぱり、娘の次は母、そしてオット&義理の母&甥っ子。最後は私というのが(許される範囲で)お金をかける順番になっています。

人が新しいバッグや季節の服とか、ちゃんと新調しているとうらやましいなぁと思うけど、やっぱり持っているもの(お金だ!)には制限もあるし、上記のような順番は変えれないので、仕方ないかなぁと思う毎日です。
でも、一緒に歩いている人に恥をかかせない程度には、人並みにしているつもりなのですが、
(センスの問題としてですが)ちょっと自信もなかったりします。
だから、絶対洋服は一人では買いません。誰かに勧めてもらったものしか買いません。
自分のセンスに自信ないもの〜。
あはははははー。

_ 違い 2008-10-08

娘の髪を美容室で切りました。
前髪は、ママカットだったので、久しぶりでした。
4月以来。
おとなしくしていました。
8月以来の甥っ子は始終暴れてました。

これって、性差かしら、性格かしら。

添付ファイル: 957386789_254.jpg  

by ミズキ

_ 今、私の中にないもの 2008-10-05

例えば。

街中を歩いていて、ふと懐かしい曲に出会ったりする。
そうすると、その頃の自分とその時の親しい人たちとの思い出が電流のように自分の中を駆け巡ったりする。
そういった時、現実的に一歩も歩けなくなる事がある。

音楽でなくても、色だったり、服装だったり、匂いだったり。

記憶って不思議だ。
思い出しもしない時間の方が多いのに、私の中に確かにあって、忘れないのだ。

過ぎ去った人、いなくなってしまった人、もう会えない人、もう会わない人。
そういう人たちも私を作ってきたのだと突然気づかされる。
そんな思い出とすれ違った時に。

最近は、よくそうして私は立ち止まる。
そして、たまに、胸をかきむしる様に恋しさにとらわれたりする。
今、その人に出会ったって、恋はしない。
今、その物事に出会ったって、夢中になったりしない。
きっと、その時の自分に焦がれているのかもしれない。

今の自分にないものって、そういうものだ。
もう、手に入らないかもしれないものって、そういうものだ。
でも、それを悔んだりしている暇もないのだ。
目の前に、育っていく命がある。
そう言い聞かせつつ、やっぱり、それだけの自分でいたくないと思う。
私は、もっと違う自分になりたい。
三十もとっくに超えたこの年齢になってさえ。